きのうのこと

すてきなあの頃へ

人間の醜さが人間の魅力。

友達のA(メンヘラ)と、共通の友達であるBのことを話してた時。

私「Bとはなんで仲良くなったの?」
A「Bも昔辛いことがあったらしくてさ、相談にのってたんだ」
私「ふーんー」

その時はよくある話だなって流したけど。
メンヘラが「辛いこと」と認識するそれってどの程度のもんなのかしら、とふと思った。

基本的にメンヘラって自分以外の不幸をあまり認めない傾向があるじゃない。
私にもそんな時期がありましたが、今はもうほぼ薬をもらいに病院に行ってるような感じなので、そこら辺のことはどうでもいいんだけど。

Aは未だに自殺未遂とかをしちゃう子。
はらはらどきどき心配な子。
そんな子が認める(?)「辛いこと」ってどんなもんなのかしら?

そもそも「辛いこと」ってなんだろう。
いじめ?失恋?家庭環境?
一口に言えないいろんな事情、とか多岐に渡るけど。

まあ、その辺は迷宮入りだね。


私の知り合いに「あいつは私に酷いことをしておいてのうのうと生きている」みたいなことをよく言う人がいます。
いじめられた人とか、元カレとか。
でも、それって違うでしょって思います。

なんというか、一方的な人間関係や感情なんてないわけで。
そんな中で「のうのうと生きている」人間なんかいないんじゃないか、とか。

辛いことの度合いって人それぞれじゃないですか。
他人からしてみれば「そんなこと?」ってことでも、本人からみれば死ぬほど辛い、なんてよくある話ですけど。

「のうのうと生きている」ように見える人だって、なにか絶対あるのだよ。
自分だけが不幸なんて、絶対ないんですよ。

逆に、自分を責めすぎる人もいますよね。
「私だけが悪い」「全部私のせいだ」。
そんな人に言ってあげたいこと。
「自分『だけ』が悪いことなんて、この世にはない」。
さっきも書いたけど、一方的な人間関係も感情もないわけで、だから引き金は自分の中にだけ存在するものではないと思うの。

生きるためにやらないといけないから。
生きるためにやらないといけないのにできないから。
自分を責める。他人を責める。
そうしないと、生きていけないから。

辛いこと。
みんなあるのよ。
多かれ少なかれ、みんなあるのよ。

自分のことを棚に上げて人の気持ちを蔑む人が一番嫌いだね。

辛いのはあなただけじゃない。
でもこれは、責めの言葉だけでもない。

もがき苦しみ醜く歪みながら生きる、それが人間なのだ。

昼から下らん自分的哲学。

文章で浄化。

今日も嫌なやつ絶好調。