きのうのこと

すてきなあの頃へ

鬱なので自分の話をする。

夕方だー。

ちょっとアンニュイ。小春です。

PC卓片付けました。

 

なんだか最近鬱鬱しています。

なんでだろう。

こういう時は寝逃げか吐き出すか暴れるかですよね。

今日は吐き出してみようと思います。

 

自分のこと。

私は双極性障害です。

知ってます?双極性障害

まあ所謂、躁鬱病ですな。

リチウム飲んでます。いえい。

最初は適応障害だったんですけど。

 

病名って結構変わるもんなのね。

しかも、自分ではなかなか知る機会がなかったり。

私も診断書を見るまで知りませんでした。

 

初めて病院に行ったのは中三の夏。たぶん。おぼろげ。

心療内科の思春期外来でした。

毎日頭痛が治まらなくて、色んな病院を回った結果、こりゃ心因性やで、と。

学校ではいじめられてるわけでもなく、ちょっと浮いてる程度で。

家での方が嫌な事ばかりだったんだけど。

とりあえず学校には行きたくなかったんですねえ。

不登校になってから、5段階評価で4と5しかなかった成績表が1と2だけになりました。

 

家では毎日両親が喧嘩していました。

食事中もなので泣きながらご飯食べてたら、兄が「小春が見てんだろ!!」とブチ切れたこともありました。

5つ上の兄は両親が喧嘩していると私をゲームに誘ってくれたり、色んな話を聞いてくれたり、とても優しいお兄ちゃんでした。

勿論今もとても優しいです。

 

そんな中学生の私は、部屋に一人でいる時はラジオや音楽を聴きながら小説を書くのが好きでした。

まだPCが家に来る前は、ルーズリーフにアナログで。

凄く心地よい時間だったなあ。

その時から、やっぱりひとりの時間が好きだったんですよね。

でも、それを邪魔しにくる輩がひとり。

母です。

父と母は寝室が同じなので、父と一緒に寝たくない母が私の部屋に避難してくる。

ひたすら父の愚痴を言い、そしてそのまま私のベッドで寝る。

 

些細なことかもしれません。

でも、私にとって、両親が毎日毎晩、顔を合わせるたびに怒鳴り合っているのはとてもくつうでした。

どうして喧嘩するのだろう。兄がやめろっていうとやめるのに。私が悪いのかな。とか。

部屋をとられたくらいで。って思うかもしれないけれど、リビングで鳴る怒号から逃げてようやくひとりになった部屋をまた愚痴や暴言で埋め尽くされる、というのは、いわば居場所の強奪です。

「あいつ、死ねばいいのに」と言う母を適当になだめながら。

母が寝たら部屋の電気を消して、机の電気だけで物書きを再開。

それはそれでいい雰囲気でしたけどね。

 

そしてなんといっても大きかったのが、私の心の支えであった兄が上京したこと。

一浪して大学に入った兄は、新聞奨学生として東京へ。

私はひとりぼっちです。

喧嘩をしているくせに、両親はお互いのことしか見て居ない。

私のことはどうでもいいのかしら。と思う日々。

 

中3の12月に、精神病棟に入院しました。

病院で家族のことを愚痴りまくった先生から、家族と離れてみようという提案。

私の親は過保護でしたし、少し子離れも兼ねてと。

ちなみに母も同じ先生に診てもらっていました。

今考えると母も鬱だったんですよね。

 

2007年12月。syrup16gNHKホール公演まで待ってもらい(重要)、下旬から入院。

精神科の閉鎖病棟って、本当に閉鎖されているんですな。って思いました。

病室は4人部屋で隔離ではなかったけれど、入口は二重扉だし、外に出ていい時間は決まってるし、出入りするたびに持ち物検査されるし、携帯も外でしか使えないので常にナースステーションだし。

病室ではもっぱら音楽聴きながら眠っていました。

でも、ウォークマンiPodも夜になると預けなきゃいけないんですよね。寝る前に。

単純に不眠のもとになるし、イヤホンでも死ねちゃうから。

あ、あとひも状のものや刃がついたものは始めから持ち込みダメでした。

ズボンやパーカーの紐とか爪切りとかはさみとか。

爪切りは看護師さんの見てる所で、とかね。

面会は当然肉親だけで、お見舞いの品もチェックされるし。

結構しんどかったけど、割といい時間だったと思う。

 

退院したら、中3は受験の時期。

でも私、なんにも勉強してないし、受験とかまず知らない。

担任からもなんにも言われずに、結局進路が決まったのは中学の卒業式のことでした。

この担任がおかしかったんでしょうね。

進路担当の先生、めちゃくちゃ焦ってましたもん。

 

高校卒業して専門学校に行っても、結局不登校になってしまう。

ここのところ説明がかなりややこしいんで、不登校になったとだけ。

学校を休む理由として、私は「死なない程度の怪我をしよう」というトンデモ発想に至りました。

そして周り中を震撼させたベランダから飛び降り事件が発生。

両足、脊椎?腰の骨を5本くらい折って4カ月入院、無事退学。

 

そんな感じで、今まで、私の人生の物心ついてからの思い出のほとんどは、精神科と精神薬で埋まってしまっています。

思い出はすべて左腕に刻んだ。

よくないねえ。

この癖は今も治らないんだよねえ。

 

と、ぶちまけたら少しすっきりしたよ。

メンヘラだなあ。

 

って!こんなことしてる場合じゃねえ!

黒ウィズ魔道杯が終わっちまう!

明日は代打でバイトなんだ、実質今日で終わりなんだ!

 

パラレルワールドに行きたいです。