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きのうのこと

すてきなあの頃へ

内緒の話、秘密のふたり

お話を書きました。

短いです。

男女の友情と青春。

人を好きになること。

 

 

 

 

 

「明智くん、今日も緒方先生の家に行くの?」

「今日は行かない」

「ふうん。金曜日なのに」

「毎週行ってるわけじゃないよ」

「そう?しょっちゅう行ってる感じがする」

「あんまり入り浸ってたら、そのうちバレるでしょ」

 

憂鬱そうな声。憂鬱そうな態度。

真っ青な空の下、風の強い屋上の隅。

私の隣にいるのは、いつも眠たそうな表情を浮かべている同じクラスの男の子。

どこにでもいそうな、普通の男子高校生だ。

だけれど彼は、周りの男の子とは少しだけ違う。

ただ話をしているだけじゃ決して気付かない秘密を、そっと抱えている。

 

「でも、先生の家って学校から遠いんでしょう?」

「3駅先なだけ。あの辺住んでる人、割といるんだよ」

「ふふ。もう誰かに見つかってたりしてね」

「洒落になんない。男同士で、しかも教師と生徒って、先生捕まるよ」

「わかってるんじゃない」

「わかってるよ」

「わかってるのに、会いに行くのね」

「誰だって、好きな人には会いたいんじゃないの」

 

感情のあまりない、淡々とした声で、彼は言う。

明智くん。明智憂人くん。

彼の秘密は、同じ学校の男性教師と付き合っていること。

明智くんの恋は、私しか知らない。

 

「貴野さんは、間宮さんと話さないの」

「話さないんじゃなくて、話せないのよ」

「なんで?好きならもっと仲良くなればいいのに」

「もっと仲良くなったら、もっと好きになっちゃうでしょう」

「そっか」

 

それ以上何も言わない明智くんは、きっと、私の気持ちを分かっているのだろう。

好きな人と、仲良くなりたい。

けれど、仲良くなった方が辛いことだってある。

きっと彼もそうだったのだろう、と思う。

 

私にも、明智くんと同じ秘密がある。

私の好きな人は女の子。私と同じ、女の子。

明智くんとは違って、私の恋は片想いだ。

私は、同じクラスの間宮さんが好き。

当然、彼女はそのことを知らない。

そして、彼女には好きな人がいる。

 

「間宮さんね、今日髪を切ったのよ」

「そうなの?気付かなかった」

「前髪を切りすぎたって、気にしてたわ」

「女子って前髪気にするよなあ」

「仕方ないわよ。今日は緒方先生の授業があったんだから」

 

私がそう言うと、明智くんは小さく、なるほどね、と呟いた。

間宮さんの好きな人は、明智くんの恋人である緒方先生。

私は、間宮さんの恋が叶わないことを知っている。

知っているのに、知らないふりをして、彼女に恋をしている。

この気持ちを諦められないのは、間宮さんの片想いが叶わないからじゃない。

一度好きになった人を嫌いになることなんて、そう簡単にはできないものだ。

 

「貴野さん、美人なんだからもっと自信もったほうがいいよ」

「そんなこと誰が言ったの?」

「クラスの男子、みんな貴野さんのこと狙ってるよ」

「クラスの男子?眼中にないって言っといて」

「本当に、間宮さんしか見てないんだね」

「明智くんだって、同じでしょう」

 

図星。明智くんは少し眉をひそめて、なんだかなあ、と呟いた。

そんな彼を見て、私は少し、嬉しくなった。

 

同じ秘密を共有している。

今まで誰にも言えなかった気持ちを、同級生の男の子と語らっている。

明智くんは、私とふたりで話す時、普段より少し穏やかになる。

口調も、雰囲気も。きっと、安心しているんだと思う。

そう思えるのは、私もそうだからだ。

明智くんと一緒にいると、ほっとする。

私と同じ秘密を持っている人がここにいる。

明智くんが私の気持ちを理解してくれているのだと思うと、とても、嬉しい。

 

間宮さんのことを、私はなにも知らない。

髪を切ったことだって、間宮さんの友達が話していたのを聞いただけだ。

それでも明智くんは、私が間宮さんの話をするたびに嬉しそうな顔をして、私にも緒方先生のことを教えてくれる。

学校での緒方先生は、優しくて穏やかで生徒に人気がある教師。

明智くんとふたりになっても、その物腰や雰囲気は、何も変わらないらしい。

明智くんは、それが嬉しいのだと言う。

何も変わらないまま、自分だけに優しく、自分だけに好きだと言ってくれることが、学校中に自慢してまわりたいくらいに、嬉しいのだと言う。

そんな話をしている明智くんの表情はきらきらしていて、どこか切なそうで。

恋をしている顔だ、と思う。

きっと、私も同じようなことを思われているのだと思うと、少し恥ずかしい。

 

不思議な関係。

だけれどとっても、心地よい。

 

「明智くん」

「ん?」

「好きな人と両想いになるって、どんな気分?」

「えぇ?」

「おしえて」

 

突然の問いに、明智くんは怪訝そうな顔をした。

それから、少し間を置いて言う。

 

「泣きそうになるくらい、幸せ」

 

明智くんの声が、柔らかく私の胸に溶けた。

性別とか、年齢とか、立場とか、世間体とか。

きっと、そんなものは言い訳で。

真っ直ぐに、誰かを好きだと言える明智くんは、とてもかっこよくて。

その目にうっすらと溜まった涙を、美しいと思った。

私もいつかこんな風に、誰かと一緒にいる時間を幸せだと言いきってみたい。

 

「貴野さん」

「なに?」

「泣きそう」

 

もう泣いてるじゃない、という言葉は呑み込んで、明智くんを見る。

幸せだと言ったのに、どうしてこんなに悲しそうなんだろう。

どうしてこんなに、苦しそうなんだろう。

 

それはきっと、明智くんにしかわからないこと。

彼の涙の理由は、私にはわからない。

緒方先生にだって、わからないだろう。

 

ただひとつわかったことは、とても尊く純粋で、綺麗な涙だったこと。

今は、それだけ。

それだけ理解していれば、十分だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴野さんの下の名前はしおりです。

間宮さんは菜津子です。

緒方先生は蒼一です。

明智くんは最初「優人」だったんですけど、あまりにも憂鬱な根暗男子になったので「憂人」になりました。

本当は、先生と憂人のふたりしかでてこない話なんですけどね。

めちゃくちゃ暗い話なんですけどね。

こういう脇役視点で見ると、憂人くん幸せそうだね。よかったね。

涙って綺麗だよね。泣いてるひとって美しいよね。

そんなお話。