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きのうのこと

すてきなあの頃へ

リアル

NON STYLEの井上が復帰したってニュースを聞いた親子が薬局でクソdisってて、
「絶対反省してないよね嘘泣きだよねキモいつーかこいつつまんないし」
とか言ってて、私はNON STYLEも井上も別に好きじゃないしかと言って嫌いでもないしよく知らないけど、漫才はとても好きで復帰して10分近く漫才したっていうの聞いて嬉しかったんだけども、そういうのが全部この親子の会話に飲まれてしまったようですっげー損した気分になった。
あと友達がウーマンラッシュアワーの村本が嫌いらしくSNSで名前は伏せてるものの悪口言ってるの見て、あーなんかこんなヤツにつまんねーだのたいしたことねーだの言われんのクソムカつくだろーなーって思ったけど、世の中大体そんな感じでまわってんだよねーあたしは村本すきだよーバイトリーダーです!がすき。

好きとか嫌いとかがもうよくわかんなくなってきちゃった。
私のこと結構な友達だと思ってくれてるであろう人がSNSでこれ絶対私のことだろって愚痴書いてるの見て、悲しいとかより先にすげえなって思っちゃって。
何年も一緒にいりゃあそんなんよくあることだけど、女子なら特にね、私もまあそんな時期あったけど、今はもうそんなこと思いもしなくて、まあ誰かのことをうぜえなって思うこともあるけど、140字使って文句言うほどじゃないなって思ったら、あれ、結構感情死んでない?とか考えちゃって。
私がああいうとこやこういうとこでうぜえとか死ねとか書くの大体抽象的なものでさ、はたまた好きとか幸せとか書くのもまあ大体リアリティがないものばかりでさ、なんかもっとこう、生身の人間と接することしようぜって思うもん見てて。
誰か、こう、特定の人を一瞬でも嫌いだって思った時の気持ちを永遠に残せるツールがあるのにもったいないなあ。
私、昔はもっと嫌いな人いっぱいいたんだけど。
好きな人作るより嫌いな人作る方が大変なんだよね。
嫌いな人がいっぱいいるって人間うまくやってる証拠だよ。
私、ほんっっっっとーーーーーーに頭空っぽなんだよね。

小説とかドラマとかに対して「リアリティがあってよかった」って高評価をすごく見る。
あー、なんか、結局、いくら空想してもみんな「リアル」 を求めてるんだなーって。
小説とかドラマの「リアリティ」はどこまで「リアル」なんだろう。
逆に、そういうものに触れたらその人の「リアル」がわかるのだろうか。
みんな、どんな「リアル」で生きてるんだろう。
人に興味はあるのにね、関わるのは怖い。
だって、私面白くもなきゃ可愛くもない。
私の「リアル」なんてほんとなんも面白くない。

私のマニアック領域の趣味をすべてわかってくれる友達が「やべえもん見つけた」つって私にLINEしてくるたび優越感に浸ってる。
こんなん小春にしか言えへんって言うたび愛してるよって返す。
中二病こじらせまくった変態。
よくわからんなあ。なんでこんなもん好きなんだろう。
彼女の「わかる」で救われている。

色々ぐちゃぐちゃ思い込んではいるのに実はなんも考えてないってすげー馬鹿だよなあ、毎日死にてえ死にてえ嘆いてた頃のがまだマシ。突発的に腕切り出すとか最高に面白いじゃん。ほんともう、なんにもならないから。不幸だ不幸だって言ってるほうが人生面白いんじゃねーの?昔尖ってたけど今は丸くなったバンドがつまんなく感じる現象が自分に起きてる。あれ?これ面白い?って、つまんねーよって言ってくれる人がいなきゃおもしろくねーよ

誰かがつまんねーって生きてるリアルが私には面白い
私がつまんねーって生きてるリアルが誰かには面白い
そういう理屈があるんなら、リアリティってもうわかんないね。